書いた文の中から:

A. Wigderson の紹介

(数学セミナーへ寄稿)


第 4 回のネヴァンリンナ賞は, ヘブライ大学(イスラエル)計算機科学科の アヴィ・ヴィグダーソン (Avi Wigderson) 教授が授賞した. 彼は, 計算機科学の一分野である 計算の複雑さの理論 で, 数々の新しい素晴らしい結果を生み出してきたが, それらが評価されての授賞である.

計算の複雑さの理論における研究対象は, 難しい(あるいは難しそうな)計算問題である. 簡単にいえば, 最良のプログラムを考えても, どうしても計算コストが莫大になってしまう問題, これが難しい問題だ. こう考えてみると, 「計算の難しさ」は, 具体的で考えやすい性質のように思える. しかし, その実体は, 非常にとらえにくく, 計算の難しさに関する重要な問題は, ほとんど何も解かれていないのが現状だ. というのも, コンピュータの「計算」が, あまりに汎用的すぎて, うまくとらえられないからである.

ヴィグダーソンは, このつかみ所のない「計算」の本質に対して, 抜群のセンスを持っている. 難しさの本質を形式化して数学の土俵に載せるのが実にうまいのだ. 彼の代表的な研究は, 論理回路の段数計算量, ゼロ知識証明の基本定理, 擬似乱数列発生器の開発と応用, という 3 つの異なるテーマにまたがっている. しかし, そのどれにおいても, 計算の本質をうまく特徴化し, それを用いて重要な結果を導き出している. ここでは, その中の「論理回路の段数計算量」に関する研究を紹介しよう.

計算の複雑さの理論では, アルゴリズム(計算手順)の効率を測る尺度がいろいろと用意されている. これを計算量という. 論理回路の大きさや段数も代表的な計算量だ. しかも非常に具体的な尺度である. 実際, 論理回路ならば, 絵に書くこともできるし, 大きさや段数も正確に測ることができる.

いろいろな問題に対して, それを計算する論理回路の大きさや段数の下限を測りたい. こうした研究も, すでに 50 年近くも続けられてきたが, 残念ながら基本的なことはほとんど未解決のままである. とくに少し前までは, 具体的な問題に対する難しさは, ほとんど何もわかっていないという状態だった. それが 1980 年後半から, いろいろな結果が得られるようになってきた. とくに, NOT ゲートを使わない回路(単調論理回路)に限って考えた場合には, 非常に強い結果が言えることがわかってきたのである.

まず, 回路の大きさでは, 1985 年, ラズボロフ (Razborov) が, クリーク問題を単調論理回路で解くには (入力変数 n の)多項式以上の大きさが必要であることを証明した. それまで得られていたのが線形関数の下限だったのだから, これは非常に衝撃的な結果だったのである. ラズボロフは, この成果が認められて第 3 回ネヴァンリンナ賞を授賞している.

一方の段数の方に関して, 最初の画期的な結果を出したのが, ヴィグダーソンと, 当時彼の学生だったカーチマール (Karchmer) である. 彼らは無向グラフの到達可能性問題を単調論理回路で解くには (入力変数 n に対して)(log n)^2 に比例する段数は, どうしても必要であることを証明した. これも, それまで「定数以下ではない」という下限しか言えなかったのを, 一気に (log n)^2 以上に押し上げられたのだから, かなり画期的である. しかし, 私は結果そのものよりも, 彼らの証明手法を大きく評価したい. 彼らは, 問題ごとに, それを解く論理回路の段数の差に違いが出てくるのは, どんなところに要因があるのか? それを分析してみせたのである.

(中略)

おまけ:ネヴァンリンナ賞をもらう方法!?

ラズボロフは超天才である. なろうと思っても誰もがなれるものではない. 一方, ヴィグダーソンのレベルならば, 努力次第では不可能なレベルではない. そこで, 高い数学能力を持つ未来有望な中高校生諸君のために, ヴィグダーソン級の天才になる方法, そしてネヴァンリンナ賞を授賞する方法を伝授しよう.

まず第一に, 情報系の学科に進学すること. ネヴァンリンナ賞は, 応用数学の賞といわれている. しかし, 過去の授賞者はすべて, アルゴリズムあるいは計算の複雑さ理論 (これを以下では「アルゴリズム理論」と呼ぶことにする) の研究者である. ということは, アルゴリズム理論を研究をするのが, ネヴァンリンナ賞への近道である.

幸いに, 日本にもアルゴリズム理論で世界的に活躍している研究者が数多くいるが, 彼らのほとんどが情報系の学科に所属している. という訳で, 情報系の学科への進学をお勧めする.

第二に, 数学,それにアルゴリズム理論の勉強を必死ですること. 情報系の学科へ進んでも安心はできない. というより, 情報系の学科には, システム・プログラミングや, 人工知能といった魅力的な講義が沢山ある. ネヴァンリンナ賞を目指す君達は, それに捕らわれてはいけない. 気をしっかり持って, 数学や理論系の勉強に励まねばならないのだ.

第三に, 修士ではアルゴリズム理論の著名な研究者へ弟子入りすること. 学部で数学やアルゴリズムの勉強を真面目にやっていれば, どの研究者が第一線で活躍しているかが, 自ずと見えてくるはずだ. そうしたら, 修士では迷わず, 彼らのもとへ弟子入りしよう. なお, 第一線の研究者は, 必ずしもエリート大学にいる訳ではないから注意すること.

あとは, その先生のもと, 研讃を積んで, 論文をバリバリ生産すること. そして世界の研究者ともドシドシ交流すること. それさえできれば君の将来は約束されている.

アルゴリズム理論は, 離散数学などをベースにした新しい種類の数学領域である. 離散数学の問題は, 数学オリンピックにもしばしば登場するので馴染みの深い人もいるだろう. そんな離散数学の問題が好きな君, パズルを考えたり解いたりするのが好きなあなた, アルゴリズム理論の研究に是非チャレンジして欲しい.