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「ませ、まぜ(間瀬・馬瀬・真瀬・柵木等)」系名字、地名メモ

誰でも自分の名字は気になるもののようです。特にそれが比較的珍しい苗字であれば なおさらです。私は「間瀬(ませ)」という苗字を持って生まれたばかりに、子供のころは亊あるごとに恰好 のからかいの的になりましたから、なおさら自分の苗字が気になっておりました。もう一つ気になった理由 として、父の出身地である『愛知県半田市亀崎町(及びその周辺)には間瀬姓がやたらに多い』こと、他方で『全国 各地に間瀬という地名』があることがありました。更には『赤穂浪士に間瀬久太夫・孫九郎という親子』が、『会津 白虎隊に間瀬源七郎』という人物がいたこと等があげられます。このページの目的は、私のように自分の苗字 に拘っていらっしゃる(であろう)全国の「ませ、まぜ」さん(最多姓の間瀬でも平成11年度時点で推定全国に 7千人)に、自分の名字を再認識して頂くこと、そして皆さんがお持ちの情報を交換する場を提供することです。

以下は主にインターネット経由で私が調べたものをまとめたもので、元記事情報の正確さやそれから得られた 結論(めいたもの)について保証はしかねます。多くのホームページから引用させて頂きましたが、逐一出典を あげることは不可能です。もし問題がある場合はご指摘ください。なおここに記載した情報は、インターネット で「間瀬」等のキーワードで検索することにより殆んど得られますので、元記事に当たってみてください。

このページのもう一つの目的は、インターネット(さらには電子電話帳等の電子媒体)の普及が始めて可能に した全く新しい可能性を紹介することです。自分の苗字の由来等という極めて個人的な興味に対しても、現在の インターネット環境(特に google 等の検索エンジン)が、机の前に座ったままで、是迄なら一生かけても不可能 だったと思われる豊富な情報の入手を可能にしています。

ここに紹介した話題に付いてご意見、情報をお持ちの全国の「ませ、まぜ」さんにお願いです。ご先祖の出身地、 ご親族から聞いた名前のいわれ等の情報を何でも結構ですから、間瀬茂(maseshigeru@yahoo.co.jp)までお知らせ くだされば幸いです。僅かな情報も沢山集まれば(マセさんだけに意味のある)「ませ、まぜ」姓の由来をさらに 解明する糸口になります。

身に染みついた教師根性ゆえ、そしてあまりに個人的な話題を載せることへの言い訳に、姓氏に関する 数理的研究をページ末に少し紹介しておきます。

なお、名字調査に関して、常に問題となるのは明治の国民皆姓制度の施行以前は日本人の多く(一説には約7割と いわれています)は名字を持たず、明治になって「適当に」名字を選んだとされることです。実際、名字に関する 著作には、当時出鱈目に名前が付けられた逸話(例えば全村魚に因んだ名字を付けた村)が面白おかしく紹介されて います。確かに、全国で数例、数十例という希少姓の場合、そうしたいわば「適当に付けられた」名字である可能性が 高そうでが、そうした名字を名乗る方の人口比は圧倒的に小数です。結局現存するある程度一般的な苗字は、一度 歴史的に確立した苗字を伝えていると思われ、たとえ明治の国民皆姓制度の施行の際も、名字を持たなかった人達 は勝手に居住地名等を名乗ったのではなく(以下の調査結果でも、地名と名字の分布はほとんど無関係です)、既に 苗字として確立したものを選んだ例が殆んどだったのではないのでしょうか。更には、明治以前は一般庶民は名字 を持たなかったという通説にも、地方史の研究者から異論が提出されることがあるようです。つまり、当時も一般 庶民が非公式にせよ、名字(屋号といえなくもないですが)を名乗っていた例が文献に見付かるそうです。またたとえ 名字を持たなかったとせよ、もし名字を名乗るなら迷うこと無く選択した(したかった、すべき、せざるを得ない) 名字があった例が多かったのではと、私は推測しています。例えば、当時も名字を持っていた有力親族・領主、 居住地の神社仏閣、に関係の深い名字等です。そうでなければ、それまで無かった名字を選ぶという高々数世代前の 出来事を、祖父母等から聞いた一族の特筆すべき事件として記憶にとどめている方が非常に少ない事実が説明しにくい のではと思うからです。一方、真の希少性の場合、名前のいわれを親・祖父母から聞いている例が多い(?)ようです。 私の場合、明治45年生まれの父親は、なぜ知多半島の漁師・船乗りであった先祖が、とくに間瀬という名字を選んだ のか、いわれを一度も聞いたことが無かったようで、講談好きの先祖が贔屓の赤穂浪士の名前を取ったのでは、という 珍説を私に披露していました。この「家族のフォークロア」では、半田市一体に間瀬姓が集中している事実を説明でき ないことはもちろんです。

ませ、まぜ(間瀬・馬瀬・真瀬・柵木等)系名字、地名の由来に関する私見

  1. 地名としての間瀬は本来狭隘な谷間を意味する古語「間瀬」に由来すると地名辞典にある。そうした地域 を発祥の地とし、木曽氏の一族を称した越後(新潟県岩室村間瀬付近)もしくは信州由来の武士集団が、戦国時代 三河の松平家の家臣団に加わり、徳川家の成立ともに主に尾張徳川家及びその支藩に下級武士として分散する。 愛知県に集中する間瀬姓はそれらの子孫及び、子孫に縁の深かった地域の住民が明治時代に新姓として採用した ものか。
  2. 一方主家の廃絶・改易(結構頻繁にあったらしい)等に伴い全国に移動した間瀬氏を祖とする一族(赤穂藩・ 会津藩の間瀬家はその例か)の一部が今に子孫を伝える。
  3. 新潟県西蒲原郡岩室村間瀬を中心とする多数の間瀬(まぜ)に因む地名、そして越後随一の神社である弥彦 神社の成立伝承に登場する地方豪族らしい「間瀬の安麻瀬」の存在、9世紀に創建とつたえる岩室村の海雲寺と いう元真言宗寺院の開祖「間瀬入道海雲」の存在、江戸時代の文献に見られる越後在住の間瀬姓町民、そして 新潟市の20世帯という東海地方以外では突出した間瀬姓世帯の数は、もしかしてここが間瀬姓の真の起源の地では という想像を可能にしますが、もとより確証はありません。
  4. 隠岐島に残る平家の落人伝説を伝えるという間瀬一族(西ノ島町8世帯)は、三河間瀬以前の間瀬の子孫で ある可能性があるかもしれません。
  5. 地名としての「真瀬・眞瀬」は本来「間瀬」と同じで、異なった漢字表記か。「馬瀬」は奈良時代にまで 遡る官馬の放牧場(の柵)を意味する古語である「柵、柵木」(ませ)に由来する可能性があるか。間瀬、馬瀬等の 地名・苗字は後生漢字表記の際しばしば混同された可能性もある。馬瀬は後に馬背(尾根等の馬の背状地形)と混同 理解された可能性がある。
  6. 「間瀬口、間瀬田」等の苗字は真の希少姓であり、地名に由来する独立起源を持つか、比較的近世に人為的 に作られた名字である可能性が高いか。
  7. 「真勢、眞勢」姓は由来が全く異なるかも知れない(江戸時代の易学者真勢中州等に始まる人為的な姓?)。
  8. 「間瀬・馬瀬・真瀬」姓の詳細な全国分布とそれから得られる結論に付いてはページ末尾を御覧ください。

【ませ、まぜ系名字の全国ランキングと世帯数】

須崎春夫氏 (URL http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/index40.html) は NTT の電話帳の 電子版を集計したおよそ10万種類の日本人の名字の順位と該当世帯数を検索できるシステムを 公開されています。以下は、須崎氏のHPで検索した「ませ、まぜ」系名字です。但し電話帳では 正確な読みは不明であることをお断りしておきます。また分類は便宜的なものです。

「間瀬」系名字 :
順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数
1497 間瀬 2703 20643 二間瀬 55 21659 間瀬田 50
31129 間瀬口 26 32449 間瀬戸 24 41184 間瀬場 15
51911 間瀬木 9 55330 世間瀬 8 56443 綿間瀬 8
63900 間瀬垣 5 68300 三間瀬 4 68300 木間瀬 4
73500 間瀬羽 3 87500〜99923 久間瀬 1      

「馬瀬」系名字 :
順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数
9961 馬瀬 185 40696 馬瀬戸 16 45009 馬瀬口 13
68300 馬瀬山 4 87500〜99923 小馬瀬(こませ) 1      

「真瀬」系名字 :
順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数
8510 真瀬 238 36988 真瀬垣 19 46318 真瀬田 12
60200 眞瀬 6 50335 真勢 10 60,200 眞瀬 6

「柵木」系名字 :
順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数
6774 柵木 339 47031 桝木 12 34648 22
35997 真関 20 87500〜99923 眞関 1 47031 桝木 12
36931 升木 19 31400 舛木 26 54392 間関 8

その他:
順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数 順位 漢字表記 世帯数
35458 満瀬(ませ、みつせ) 21 56399 万瀬 8 6255 瀬間(せま) 379
15878 瀬(せ) 86 63900 猿(ませ) 5 73500 間狭 3
63900 馬関 5 73500 間狭 3 73500 摩瀬(ませ) 3
39919 間々瀬 16 15193 間世田 93 73500 間狭 3

ホームページを御覧になった方からの情報等:

全国の「間瀬、馬瀬、真瀬、柵木」にちなむ地名(古名も含む)

  1. 北海道
  2. 青森県
  3. 秋田県
  4. 福島県
  5. 山形県
  6. 茨城県
  7. 群馬県
  8. 千葉県
  9. 神奈川県
  10. 東京都
  11. 埼玉県
  12. 新潟県
  13. 長野県
  14. 岐阜県
  15. 富山県
  16. 福井県
  17. 静岡県
  18. 愛知県
  19. 三重県
  20. 滋賀県
  21. 京都府
  22. 大阪府
  23. 和歌山県
  24. 岡山県
  25. 島根県
  26. 鳥取県
  27. 愛媛県
  28. 高知県
  29. 大分県
  30. 長崎県
  31. 宮崎県
  32. 鹿児島県

【歴史上の「間瀬、馬瀬、真瀬、柵木」姓】    (一部現代を含む)

参考:

【間瀬・真瀬・馬瀬姓の全国分布】

添野正明氏のHP(URL http://www5a.biglobe.ne.jp/%7Emyouji/welcome.htm)では 電子電話帳による全国の同姓世帯の網羅的調査を引き受けてくれます。 このユニークな調査システムを作り上げ、実費程度で調査を行っていらっしゃる添野さんに感謝します。 おかげで始めて全国レベルの「ませ」姓の分布が明らかになりました。 以下はその結果と、このホームページにまとめた情報を併せて出した現在の私なりの結論です。

平成11年度電話帳データを使った検索結果。電話帳に記載された件数を世帯数とみなしていることに注意。 全国市町村数 3,368、全国世帯総数 47,064,704、世帯当たり平均個人数 2.7人(平成12年度国勢調査)。

全国同姓世帯数 推定人口数 該当市町村 同姓世帯数/全国世帯総数
間瀬  2587世帯 6980人 502 0.006%
真瀬 231世帯 623人 106 0.0005%
馬瀬 176世帯 475人 107 0.0004%

「間瀬」姓の分布はやはり『愛知県の半田市亀崎町を中心とする東海地方の沿岸部』が圧到的です。 これは江戸時代に尾張藩を中心としたの徳川ゆかりの諸藩に散らばった『三河間瀬一族』、もしくはそれに何らか のつながりのある方達の子孫と思われます。大阪府枚方市(13世帯)、香川県高松市(9)世帯は主家の改易等で 移動した間瀬家ゆかりの方達でしょうか。大都市に相当数世帯があるものの、人口比では圧到的に低く、明治 以降の人口移動の結果と思われます。しかし長野県、岐阜県、山梨県にも世帯数は僅かですが孤立して分布 しているのがみて取れます。三河間瀬一族が木曾氏の流れをくむと称えていたらしいことと併せて考えると 興味深いといえます。

一方神話時代に遡る人名・地名例がある『新潟県新潟市』(20世帯)の存在が気になります。ひょっとして三河間瀬一族 の本家でしょうか?また平家落人伝説を伝える『隠岐郡西ノ島町』(8世帯)の間瀬一族の存在が注目されます。これも 三河間瀬、越後間瀬と起源をともにするのでしょうか?

全国的に散在する間瀬という地名と間瀬姓の分布は殆んど関係が無いといえそうです。 多めに見積もっても全国で1万人を越えることは無いようです。

間瀬姓の全国市町村別集計
間瀬姓の全国世帯分布図
間瀬姓の全国世帯密度分布図
間瀬姓の愛知県中心世帯分布図
間瀬姓の愛知県中心密度分布図

馬瀬」姓は密度だけでみると岐阜県に中心があるように見えますが、世帯数は僅かで見掛けだけのようです。 ある程度固まっているのは、富山市(7世帯)、四日市市(11世帯)、伊勢市(13世帯)、徳島市(7世帯)、 兵庫県川辺郡猪名川町(5世帯)だけです。『伊勢市馬瀬町もしくは松坂市早馬瀬神社』に因む苗字である 可能性が高いといえるでしょうか。ここでも馬瀬という全国的な地名と苗字の分布は殆んど関係 が無いということが見て取れます。多めに見積もっても全国で千人を越えることは無いようです。

馬瀬姓の全国市町村別集計
馬瀬姓の全国世帯分布図
馬瀬姓の全国世帯密度分布図
馬瀬姓の世帯分布図
馬瀬姓の密度分布図
 
 

真瀬姓の発祥の地は『栃木県下都賀郡野木町』と断定して良いようです。 中世常陸国を領土としていた小田家に真瀬姓の家臣がいたことが資料に残されています。小田家は筑波 地方も所領としていたことを考えると、茨城県筑波市の地名真瀬とともに、関係がありそうです。但し、 地名が先か、名字が先かは分かりません。多めに見積もっても全国で千人を越えることは無いようです。 地名としての登場頻度とは逆に、真瀬姓の方が馬瀬姓よりも若干多いのが意外(?)です。
 

真瀬姓の全国市町村別集計
真瀬姓の全国世帯分布図
真瀬姓の全国世帯密度分布図
真瀬姓の世帯分布図
真瀬姓の密度分布図
  結局三大「ませ」姓(間瀬、馬瀬、真瀬)の起源は異なるといってよさそうです。地名としては起源が異なるかどうか 未だ判断不可能です。私は馬瀬姓と柵木姓の起源は同一ではないかと推測していますが、もとより確証はありません。

【姓氏に関する数理的研究の紹介】

「姓の継承と絶滅の数理生態学」佐藤葉子・瀬野裕美著、京都大学出版会刊(2003)

数理生物学研究者による本。Galton-Watson (分岐)過程と呼ばれる、個体がランダムに分割しながら、増殖・減少して いく現象を捉える数理確率モデルを、姓の継承と絶滅という文化・社会現象に適用したユニークな研究。 確かに、親から子どもへという生物学的継承は、同時に姓という「文化・社会的遺伝子」の継承でもある。 基礎から丁寧に述べてある数理的扱いが内容の中心ではあるが、姓をめぐる様々な話題が多数紹介されており、 それだけ読んでも面白い。この本でもインターネットを使った情報検索と入手が欠かせなかったと著者の瀬野氏から お聞きしました。

「Approximations to the birthday problem with unequal occurrence probabilities and their application to the surname problem in Japan」, Shigeru Mase, Ann. Inst. Statist. Math., vol.44-3, pp.479-499 (1992)

私自身の名字へのこだわりから生まれた論文。仮に「同姓問題」と私が勝手に名付けた組合せ確率論の問題 『日本人 人を無作為に集めたら、同姓のカップルが少なくとも一組居る確率は?』への解答。 組合せ確率論で有名な「誕生日のパラドックス」(無作為に集めた 人のグループ中に同じ誕生日のカップルが 少なくとも一組居る確率は?)の名字版。s 誕生日のパラドックスは が 23 人を越えると確率が 50% を越えるという直観と相容れない結果が得られることで有名。 誕生日問題では普通各人の誕生日は 365 日同じように 分布すると仮定するのが普通であるが、同姓問題では各人の苗字の頻度は当然異なる。この論文の中心はこうした 不等確率の下での一致確率の公式と、当時入手可能だった一番詳しい第一生命保険会社の顧客リストの上位200位の 頻度データに「ジフ(Zipf)分布」と呼ばれる理論曲線が良く当てはまることを確認の上、 公開されていなかった201位以上の苗字頻度を補間推定した。(Zipf 分布の苗字頻度への当てはめについては佐藤・瀬野氏の 著書に詳しい。)

最終的に得られた同姓問題の結論は、「日本人が27人以上いれば同姓者がいる可能性の方が高い」というものであった。 同様の確率として、次のような数字が得られた。

  人数 27    30    35    40   45   50
一致確率 51.15%   58.6%   69.65%   78.80%  85.66%  90.73%




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Shigeru MASE 2004-12-22